自動巻き時計は、着用者の腕の動きだけを利用して作動し続けます。今日まで60年間にわたり、アルバート・ぺラトンが開発したつめレバー式巻き上げ機構が、IWC自社製自動巻きムーブメントに駆動力を提供してきました。この機構は、誕生以来絶えず進化し続けています。新しいキャリバー52000シリーズでは最先端のセラミック技術を導入し、実質的に摩耗しないムーブメントが完成しました。
最近、外出前には誰もが必ずスマートフォンやタブレット、ラップトップを充電します。このようなデジタル時代において、自動巻き上げ機構を備える機械式時計は、ますます時代遅れの機器になりつつあります。
機械式時計は、電池がなくても永遠に動き続けるように見えます。しかしもちろん、永遠に止まらない時計は、奇跡的な永久運動機関の一種ではありません。機械式時計もやはり、針を動かし続けるためのエネルギー源を必要とします。しかし、機械式時計の場合、主ゼンマイはリューズを使って手動で巻き上げられるのではなく、着用者の腕の動きによってほぼ偶発的に巻き上げられます。この機能の基礎原理について、IWC自社製ムーブメント開発部門責任者 のトマス・ガウマンは「自動巻き時計では、ローターが運動エネルギーを変換し、主ゼンマイを巻き上げるための位置エネルギーに変換します」と説明します。
重力の影響でローターが下方向へ移動
この仕組みを可能にするのが、重力と慣性です。中心に軸を設置したローターは、真鍮でできた半円形の部品で、その外側の縁にはタングステンのような重金属が使われています。時計の位置が変わっても、重力によってローターは常に下方向に引き下げられます。ローターが水平位置からごくわずかに動くだけでも、回転のきっかけとなります。ここで慣性がはたらきます。時計のケースが特定の角度で加速すると、ローターは最初は元の位置に留まろうとしますが、やがて中心にさらに大きな回転力を生み出すのです。この回転力が減速車を経由して香箱に伝わり、主ゼンマイが巻き上げられます。着用者が歩行に合わせて腕を動かす時、この機構は特に効率的に作動します。
自動巻き機構の組み立て部品は、ムーブメントにおけるその他ほとんどの部品に比べ、摩耗が生じやすくなっています。
IWCの自動巻き機構は、アルバート・ペラトンと分かちがたく結びついています。ル・ロックルで時計製造を家業とする一族に生まれたぺラトンは、1944年にシャフハウゼンを拠点とするIWCの技術責任者に就任し、最優先事項として効率的な自動巻き機構の開発に取り組みました。初期の状況について、ガウマンは「デザインの観点から見ると、ローターの双方向の動きを一方向の巻き上げ運動に変換し、主ゼンマイが緩まないようにするということが難題でした」と説明します。当時のシステムのほとんどが、ローターの動きを複雑な変速装置に伝達するか、一方向の動きだけを利用してムーブメントを巻き上げるかのどちらかでした。結果的に、かなりのパワーとエネルギーが失われることになります。
すべての動きを活用するつめレバー式巻き上げ機構
ぺラトンは、驚くべき解決策を思い付きました。ローターの中心にボールベアリングや歯車を置く代わりに、中央に軸を取り付けたディスクを設置したのです。この装置が、ローターの回転運動をロッキングバーの往復運動に変換し、次に2つの爪がロッキングバーの動きを巻き上げホイールに伝達します。1つがホイールを引っ張って巻き上げる間、もう一方がホイールの歯の上をなめらかに滑り、やがて交代します。1950年に特許を取得したこの機構は、非常に高い効率性を発揮します。「ローターの動きがどれほど小さくても、またどの方向であっても、主ゼンマイの巻き上げに活用されます」と、ガウマンは説明します。
原理はかなりシンプルですが、この自動巻き機構は設計技師たちに様々な課題を課すこととなりました。まず、この機構は多様な習慣やライフスタイルを持つ幅広い着用者に対応し、完璧に機能しなければなりません。それと同時に、自動巻き機構の組み立て部品は、ムーブメントにおけるその他ほとんどの部品に比べ、摩耗が生じやすくなっています。例えば、新しいキャリバー52850の場合、「ポルトギーゼ・アニュアル・カレンダー」の2つの香箱を完全に巻き上げるには、2,600回の完全な回転が必要です。ローター自体の重さはわずか5グラム弱ですが、急激な動きによって、部品に重力の5,000倍もの膨大な力が加わることがあります。そのため、振動機構が摩耗しないように、格別の注意を払って保護する必要があるのです。
巻き上げ機構の摩耗を解消するセラミック
高度なメカニズムはもちろんのこと、素材の選択も非常に重要です。腕時計のムーブメントには工業用セラミックが使用されます。これは、スチールよりも軽量かつ堅牢で、極めて弾性の高い素材です。IWCは、セラミック加工分野において30年にも及ぶ経験を誇ります。何年も前から時計ケースの製造に取り組んできたIWCは、ムーブメント部品にセラミックを使用するという取り組みにおいて、業界を牽引する存在とみなされています。
しかしながら、限られた許容差の範囲内で微小なセラミック部品を製造するということは、非常に手のかかる作業です。なぜならば、基本となる粉末の原材料が焼成工程で約3分の1ほど収縮するからです。この極めて複雑な製造プロセスを遂行できるのは、ごく一握りの専門家だけです。さらに通常、ハイテク素材を使って真鍮やスチール製部品を製造するには、デザインや幾何学的な修正が必要となります。
圧力および負荷の影響を考慮し、ぺラトン自動巻き機構では、初期の段階からセラミックの使用が検討されました。2009年、IWCは初めて、「ポルトギーゼ・トゥールビヨン・ミステール・レトログラード」の原動力として、銅ベリリウムの代わりに酸化ジルコニウムを使ったキャリバー51900の制作に成功しました。この改善が、摩耗の軽減に大きく貢献したのです。明らかに、この次のステップは、同じ素材で巻上げホイールを製造することでした。しかし、初期の試みは成功しませんでした。スチール製ピニオンを圧着させると、必ずセラミック製ホイールが砕けてしまったのです。この問題は、新たな設計を考案し、製造技術を進歩させることですぐに解決されました。現在、キャリバー52000シリーズの自動巻きホイールとピニオンは、ブラックセラミックを使用した一体型の単独品として製造されています。「その結果、爪とホイールの相互作用による摩耗は実質的に解消されました」と、ガウマンは言います。
カムと軸にもセラミックを使用
しかし、改善の余地はまだ残されていました。例えば、かつてぺラトン自動巻き機構のカムにはスチールが使用され、その中心にはルビーが圧着されていました。このデザインの場合、ローターのために追加の軸が必要となりました。ここでもまた、セラミックの使用が驚くべき解決策をもたらしたのです。「現在、このカムは全体がホワイトセラミックで作られています。そのため、ローター全体の軸としても同時に機能します」と、ガウマンは説明します。この修正によりスペースに余裕が生まれ、設計技師はローターの軸をさらに大きくすることができ、組み立て部品全体のためバネ付きの軸受けを設置する必要がなくなりました。しっかりと固定されたブリッジの上にローターを取り付けることで、自動巻き機構の堅牢性が一段と向上したのです。
60年前にぺラトンが特許を取得した解決策は、現代でもなお、時代の先端を行くものです。
「ぺラトン自動巻き機構は唯一無二の技術であり、クルト・クラウスによる永久カレンダー、そして『ポルトギーゼ・ミニッツ・リピーター』と並び、IWCが持つ時計製造の遺産の中で特別な位置を占めています」と、ガウマンは言います。ここでもまた、既存のアイデアを見つめ直すというIWCの伝統が、現在も継続されていることがわかります。キャリバー50000シリーズに施された改良は、ごくわずかな細部に限られているかもしれません。しかしこれは、時計職人、設計技師、そして素材の専門家が長年にわたり密接に連携してきたからこそ実現したのです。時計の所有者がサファイアガラス製裏蓋から新しい自社製ムーブメントを観察する時、改良された巻き上げ機構の完璧な外観を鑑賞できるだけではありません。その光景は、IWCの創立者であるフロレンタイン・アリオスト・ジョーンズが掲げたエンジニアリングの哲学が、シャフハウゼンで今でもなお熱意を持って継承されていることをも思い出させてくれるはずです。
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規則正しく時を刻むために
どの程度の重圧や負荷にさらされてきたかによって、ムーブメントの内部機構の約50カ所に、腕時計に特化して開発されたオイルやグリースが施されます。
究極の精度を求めた厳格な計時主任
“chef régleur”と呼ばれる計時主任であったジャン・ヘーベリは、1世紀以上も前にIWCに金メダルをもたらしました。彼は、シャフハウゼンから出荷される時計の計時精度に責任を負っていました。
フロレンタイン・アリオスト・ジョーンズ
1868年にIWCを創立したフロレンタイン・アリオスト・ジョーンズは、IWCの歴史の中で最も重要であり、最も謎めいた人物です。